
今回は日本の太陽信仰と天皇家の祭祀について書くことにする。
この太陽信仰は全世界に見られるものである。
◆太陽復活祭と鎮魂祭(太陽信仰と太陽祭祀)

※太陽復活祭と鎮魂祭
古くは旧暦十一月中の寅の日に鎮魂祭が執り行われていた。新嘗祭の前日にあたる。この祭は、「アマテラス(天照大神)の天の岩窟戸の神話」と密接な関係があるようである。
鎮魂祭には、宮廷の御巫(おかんなぎ)が「アマテラス(天照大神)の天の岩窟戸の神話」の天宇受売命のように、歌舞を行う。その際、歌われる神楽歌がある。
「ノボリマス、トヨヒルメガ、ミタマホス」「ミタマガリ、タマガリマシシカミハ、イマゾキマセル」「タマハコモチテ、サリタルミタマ、タマカヘシスヤ」などと、歌われる。その意味は、体から遊離し、死した日神トヨヒルメ(アマテラス・オオヒルメのこと)の魂を呼び戻し、復活させようとして、タマフリを行うということのようだ。
(タマフリ(鎮魂)とは、体から遊離した霊魂を招き返す呪術である(起死回生の呪法)。
冬至の太陽信仰(太陽がいったん死んで生まれ変わる日だとの信仰)と太陽祭祀は、世界的にある。その祭は、太陽の復活と再誕生を祈り、衰えた光熱を更新させ、一陽来復を図ろうとする意図を持つものである。クリスマスも後世にはキリストの誕生になぞられていますが、もとは冬至の太陽復活祭だったといわれている。
日本の古代社会でも、このような太陽信仰と太陽祭祀が盛んに行われており、各地に、太陽祭祀の遺跡が見られる。特に稲作農業にとって太陽は欠かすことのできない根源的なもので、各地に点在した古代豪族は太陽の祭祀権を持つことが、執政権を誇示することでもあった。
日本の古代社会の太陽祭祀を考えると、「アマテラス(天照大神)の天の岩窟戸の神話」は、大和朝廷が国家の根幹に関わる太陽祭祀権を掌握したことを表すものである。
しかも、『記紀』神話の「天孫降臨神話」で、天孫・ニニギ命(邇邇芸命)はアマテラス(天照大神)の孫とされ、太陽神の直系とされる。たぶんに、政治的意図をもつ『記紀』神話は、最も重要な太陽神の祭祀を、その子孫が連綿と受け継ぎ執り行うという、「アマテラス(天照大神)の天の岩窟戸の神話」を生み出したのだ。
鎮魂祭もまた、そうした呪儀を日神の化身である日の御子・天皇に対して行い(伊勢の太陽祭儀と物部氏のタマフリの様式を取り入れて)、それを王権祭式化したのが始まりのようである。
※太陽の道
日本の古代社会では、太陽信仰と太陽祭祀が盛んに行われており、各地に、太陽祭祀の遺跡が見られる。太陽神の祭祀に深い関わりをもった古代の遺跡が、一直線上に並んでいるということで、「レイライン・聖線」「太陽の道」と名付けられている(神島と斎宮跡、三輪山と淡路島の伊勢の森が、一直線上に並んでいます)。
スサノヲ(スサノオ)
◆宮中の行事、皇室の祭祀、新年
◆アマテラス(天照大神)と伊勢神宮の謎(二)
◆アマテラス(天照大神)と伊勢神宮の謎(一)
◆「大嘗祭」、皇位継承の神秘的な儀式(二)
◆「大嘗祭」、皇位継承の神秘的な儀式(一)
◆「新嘗祭」、天皇の宗教的権威の源泉(二)
◆アマテラス(天照大神)と伊勢神宮の謎(二)
◆アマテラス(天照大神)と伊勢神宮の謎(一)
◆「大嘗祭」、皇位継承の神秘的な儀式(二)
◆「大嘗祭」、皇位継承の神秘的な儀式(一)
◆「新嘗祭」、天皇の宗教的権威の源泉(二)