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◆日本と日本人の神観念、自然と共に生きる

2012年01月11日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 22:50 Comments( 0 ) スサノヲ(スサノオ)の日本学


 太古より、日本は四季に恵まれた風土であった。そこに住む我々の祖先の日本人は、自然の恩恵をいただき、自然の恵みに感謝をして生きてきた。

 恩恵をもたらしてくれる自然に、祖先の日本人は、大きな力の働きを感じ取っていた。自然界の森羅万象に大きな力の働きが存在し、我々に恵みを与えてくれると・・、しかしときには、災いを与えると・・・。

 こうした日本人の自然観が即ち、素朴な日本人の神観念を生み出していくのである。

 特に水への信仰は、生きていくには無くてはならないもの、生きとし生きるものを育むものとの観念があった。そして、その水を育むのは、降った雨を大地に蓄える森林の役割であることを、太古より人々は知っていた。

京都の貴船(きぶね)の地名の起りは、水源の神の鎮まるところ、そこは樹の生い茂った山、「樹生嶺(きふね)」だというわけである。

 だから我々の祖先は、感謝こそしても、決して樹木を粗末には扱わなかった。自然がもたらす恵みに感謝しつつ、自然と共に生きて来たのである。

スサノヲ(スサノオ)


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◆2012年 古事記編纂1300年記念

「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生につ いて」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

スサノヲ (スサノオ)



◆日本の神々の世界(八百万の神々)と神祭り

2012年01月11日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 16:54 Comments( 0 ) 祭りに見る日本文化考


■日本の神々の世界(八百万の神々)と神祭り、太古の息吹・「カミ」と感応し、忘我の境地へ

 太古より日本人は、豊作を祝い大漁を寿ぎ「カミ」に感謝し、またその次の年もよき年であるよう祈願する「神祭り」を行ってきました。

 「神 祭り」は、時には熱 狂的な非日常的空間を出現させます。聖なる山奥の神社の漆黒の闇、何処からこんなに集まったのか境内は氏子で埋め尽くされます。松明の火が燈され、炎はメ ラメラと上空へ舞いあがり、暗闇の天空を真っ赤に染めます。炎は人を陶然とさせ、次第に氏子たちの顔は紅潮、心臓の鼓動が高鳴ります。

 すると、祭りの興奮は最高潮に高まり、氏子たちの体から湧き出た凄まじいエネルギーは、太古の息吹・「カミ」と感応し、忘我の境地へと導きます。

 そこには個人という意識は希薄で、すべては一つであり、こうした体験を共有することにより、人々は「カミ」と共にいることと氏子としての絆を再認識します。 祭りとは太古より、「カミ」を通じて人間を癒し、共同体を維持させてきた、壮大で強力な舞台装置であったのです。

スサノヲ(スサノオ)

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◆2012年 古事記編纂1300年記念

「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生につ いて」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

スサノヲ (スサノオ)



◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(五)

2012年01月09日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 22:06 Comments( 0 ) 祭りに見る日本文化考



◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(五)

◆◇◆エビス信仰、その信仰コミュニティーの成立過程(3)、市の神から日本の福神の代表へと発展

 エビス(ゑびす)神は漁村の漁民が祀る海から寄り来る海の幸をもたらす神(神霊)と考えられていた(日本は周囲を海に囲まれた島国なので、外=海から寄り来る神が豊かさを運んでくるという素朴な信仰観念がありました)。

 次第に内陸に広がると、中部地方の農村などでは田の神をエビス(ゑびす)と呼ぶところが出てくる(本来は漁業の大漁をもたらす神であったが、農業の豊作をもたらす神として受け入れられる)。また山の神をエビス(ゑびす)神とする信仰も中世以降にみられる。

 漁民や農民にとっての脅威は、自然を司る神の怒りである。それゆえに豊漁や豊作をもたらすよう祀り、共同体社会の守り神として祀ったのである。豊漁や豊作があると、そこに収穫物の取引の市が生まれ人が集り賑わう。エビス(ゑびす)神を市場の守護神として祀る風習も、この時起こってきた。

 つまり市場の誕生と町や都市の商業社会の発展だ。しかし、町の商人にとっての最も大きな不安は不景気や破産であり、そのため商売繁盛をもたらすよう祈り、町の商家では商業の守護神として祀ったのである。

 その後、中世・近世になって町人文化が花開く京都・大阪・江戸の三都を中心に福神信仰や七福神信仰が広まり庶民の間に定着する。そうした福神のイメージを代表するのが、今日私たちが知る七福神のエビス(ゑびす)様の姿である(満面に笑みをたたえた福相をして、デップリと太り狩衣指貫=かりぎぬゆびぬきに風折烏帽子=かざおりえぼしを被り、鯛を抱え釣竿を肩にかけた姿)。

 このように祀る共同体社会(コミュニティー、漁村・農村・町=都市)の性格によってかなりの相違のある神といえる(本質は豊漁や豊作・豊かさなどの福をもたらしてくれる神で、幸福を希求する日本人の民俗性から生み出された独自の信仰なのである)。

 エビス(ゑびす)講というこの神を祭る行事も、日取り・行事の形態などが土地や共同体社会によって一定していない。町中では十二月二十日に行う所が多いようだが、農村では神無月の十月に行い、二股大根などを供える所が多い。

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注) 海辺の漁村では豊漁があると、人は集り賑わい市が誕生した。本来漁村の豊漁の神であったエビス(ゑびす)神も市場の守護神として祀る風習が後に起こってくる。その市には、傀儡子(くぐつし、戎舞わし)や人形芝居など神に奉納する類の芸能が発展してくる。西宮神社周辺も傀儡子の発祥地としてよく知られている。

 この芸能や商売の発展によって人の交流も盛んになっていく。すなわち、人があちこちら散らばることによって、信仰が広まっていくのである。古い文献を見ると、乾元元年(一三〇二年)、奈良の南の市を開く時、恵比寿神社を祀ったという記録がある。建長五年(一二五四年)、鎌倉の鶴が丘八幡宮に、やはり市の神としてエビス(ゑびす)神を、奉祀したという記録もある。

 このようにエビス(ゑびす)神は、鎌倉時代の頃から「市の神」「市場の守護神」として祭られるようになり、商業の発展にともなって次第に商売の守り神としての信仰を獲得するようになっていった。その中心になったのが兵庫県西宮市の西宮神社で、エビス(ゑびす)神を福神信仰として全国的に広める役割を果たしていった。

 また島根県の美保神社では、元々は天神を祀っていたが、文化十年(一八一三年)にエビス(ゑびす)神になぞらえられる事代主神が登場する。事代主が一般的になるのはこの頃ではないかと考えられている。この頃にエビス(ゑびす)信仰が広まっていったようだ。

(※注) エビス(ゑびす)神は、本来漁村で「海の神」として信仰されたものだ。エビス(ゑびす)信仰の総本山である兵庫県の西宮神社が、広田神社の摂社であったのが民衆によって盛り立てられ隆盛を極める。元々はローカルな漁村の漁民の神であったものが、今やもっともホピュラーな神であるエビス(ゑびす)神となるのである。

 神話学者の松前健氏は『日本の神々』において日本の神はローカル性があり、それが『記・紀』神話に取り入れられたのではとの見解を示している。また、柳田国男が「百姓えびす」について言及しているように、エビス(ゑびす)神は海だけでなく山においても祀られている。

スサノヲ (スサノオ)


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◆2012年 古事記編纂1300年記念

「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

スサノヲ (スサノオ)




◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(四)

2012年01月09日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 22:05 Comments( 0 ) 祭りに見る日本文化考



◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(四)

◆◇◆エビス信仰、その信仰コミュニティーの成立過程(2)、「海の神」「漁民の神」

 エビス(ゑびす)神は、今では商人・農民の間に広く信奉されているが、本源(原初的信仰)はやはり「漁民の神」であったといえる。

 古くから漁村では、異郷から訪れて豊漁をもたらすものを神(神霊)として信仰する習俗が全国各地にあった(日本固有の「寄り神」「訪人神」の信仰を背景にして、特定の神人群によって流布したものと考えられる)。

 地方によっては、鮫や鯨・海豚などのことをエビス(ゑびす)と呼ぶ。これはそれらの鮫・鯨・海豚などに追われて魚群が海辺近くに現れることから、霊力ある神として考えられていたからである。


 また、海難者の水死体をエビス(ゑびす)の御神体として祀るところがあったというし、また海中から拾い上げた奇異な形の石をエビス(ゑびす)として御神体としたり、漁網の中央の浮標(うき)をエビス(ゑびす)と呼んだりしているところもある。

 こうして見ると、エビス(ゑびす)神は漁村の漁民にとって豊漁をもたらす神霊として信仰されていたということが根本にあったことがわかる。漁の大半が海であることから、「航海の守護神」としての信仰も中世には起こってくる。(※注1・2)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1) エビス(ゑびす)神は、夷・戎・蛭子・恵比須・恵比寿とも書き、もともと異郷からやってきて、人々に幸福や幸をもたらしてくれる神と信じられ、漁民に深く信仰された。

 エビス(ゑびす)神の祠に祀られるのは、必ずしもエビス(ゑびす)の神像や御札だけでなく、浜に打ち寄せられた浮遊物や海中の石などもある。それらはみな海の恵みであり、福をもたらすものだと考えられたからだ。

 鯨や鮫・海豚をエビス(ゑびす)と呼んで尊ぶ風習は全国的に存在する。鯨や鮫・海豚には必ず魚群がついてきており、鯨や鮫・海豚が近寄ると大漁をもたらしてくれるからだ。

 また、水死体を「エビス(ゑえびす)」といって供養することも全国的な漁村の風習だが、これは葦船で流されたヒルコ(蛭子)神信仰からきたものと考えられるし、死体には魚類が集まるので「福の神」とみなすという考え方と一つになったものとも考えられる。このように漁村で「福の神」として信仰されていたヒルコ(蛭子)神が、農家や商家でも祀られるようになる。

 こうした寄り神信仰とは、神来臨信仰の一つで、川海などから漂着し来臨するという観念に基づく信仰である。『文徳実録』斉衡三年(八五六年)十二月条に、常陸国鹿島郡大洗磯前に怪石が海から揚がったので神として祀ったと伝えている。このように御神体の縁起としての寄り神伝説やそれに基づく神事は各地に広くみられる。

 民間では漁村のエビス(ゑびす)信仰もそれである。伊豆大島や新島・神津島のように、キノヒの明神が一定日時に海上から寄り来るのを迎え、厳しい物忌みの下に祭りを行うのも寄り神信仰の特徴を最もよく表している。

 寄り神の信仰は、祭りに当たって遥かな海上他界(常世の国、ニライカナイなど)から神を迎えることにあり、その背景には海上他界観の存在したことが推察できる。

(※注2) エビス(ゑびす)信仰の総本山である兵庫県の西宮神社の起源は、寄り神的な考えに基づく漁民信仰の一つと考えられる。古くから漁村では、一定の儀式によって海底のの石を拾い、あるいは漁網の中に入った石や漂流物を拾い上げて祀る風習が近年まで広く行われていた。それは全国の漁民一般に見られるものだが、西宮の辺りにも、海から上がったという神の伝承を持つ所が多くある。

 では、西宮神社だけが全国のエビス(ゑびす)社の本家のようにいわれ、後世に見るような隆盛を見るようになったのであろうか。それは西宮神社とゆかりの深い広田神社が、神祇伯を世襲した白川家の最も重要な所領であったことと深く関係している。

 元来、西宮の夷社=現在の西宮神社は、旧官幣大社広田神社の末社に過ぎなかったのだが、市の発展と商業の発展によって、商都大坂・堺を中心として、庶民の信仰を集めた。

 さらに戎舞わしの下級神人や戎舁き(戎舞わしの傀儡子=くぐつし)が、エビス=ゑびす神の神札と人形を持って諸国を周ったので、その結果、広範囲に布教されていったのである(エビス=ゑびす神は漁師が大漁を祈っていたが、海産物の売買により「市の神」「商売繁栄の神」「福の神」として、広く商家にまで信仰されるようになる)。

スサノヲ (スサノオ)


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この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

スサノヲ (スサノオ)




◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(三)

2012年01月09日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 22:03 Comments( 0 ) 祭りに見る日本文化考



◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(三)

◆◇◆エビス信仰、その信仰コミュニティーの成立過程(1)

 エビス信仰とは、農漁村や商家などで生業を守護し福徳をもたらす神として、日本全国で見られる信仰である。エビス(ゑびす・夷・戎・蛭子・恵比須・恵比寿)の語源については、異郷から訪れる神という観念が強く認められる。

 日本固有の「寄り神」「訪人神」の信仰を背景にして、特定の神人群によって流布したものと考えられる。漁村では祠に祀った神だけでなく、鯨・鮫・河豚をエビス(ゑびす)と呼ぶことが多く、大漁をもたらす神(神霊)と畏敬されてきた(エビス=ゑびすという語は忌詞で、大漁の前兆として直接に呼ぶことを避けたための言葉とも考えられている)。

 また場所によっては、祠に祀ったエビス(ゑびす)の御神体が漂着神であったり、網にかかって揚がったものなど地域によって違いがあつが、エビスへの信仰は全国的に分布する。(※注1)

 この漁村に発したエビス信仰は、次第に内陸に伝播し、農業神となり、更に商家の神ともなる。そこには、夷舞わし(ゑびすまわし)や戎舁き(ゑびすかき、戎舞わしの傀儡子=くぐつし)などの芸能を持ち歩いた人々の力と影響を見ることが出来る。

 このように今日見るエビス信仰(庶民に篤い信仰を持たれて親しまれている民俗信仰)が成立する過程を考察すると大きく別けて、三つの共同体社会(コミュニティー)(漁村、農村、商業社会=商家)とその成立過程を見ることができる。

 それは「海の神」「市の神」「福の神」としてのエビス信仰と共同体社会(コミュニティー、共同体社会の変化と発展過程)との関係である。このエビス信仰という民衆にもっとも親しまれた民俗信仰を、少し考察してみよう。(※注2)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1) エビス(ゑびす・夷・戎・蛭子・恵比須・恵比寿)神は、生業を守護し福利をもたらす神として、日本の民俗信仰(民間信仰)の中で広く受け入れられている神(神霊)である。

 語源は定かでないが、「夷」つまり異郷人に由来すると考えられ、来訪神、漂着神的性格が濃厚に観念されている。現在一般にエビス(ゑびす)の神体と考えられている烏帽子を被り鯛と釣り竿を担いだ神像によっても窺えるように、元来は漁民漁村の間で、より広範に信仰されていたものだが、しだいに商人や農民の間にも受容されたと考えられている。

 漁村では多くの地方で、海中から拾った、あるいは浜辺に漂着した丸い石をエビス(ゑびす)の御神体と定めて祠に納め、初漁祝いや大漁祈願など各種の漁に関わる行事で祭りは行われている。

 また鯨・鮫・海豚などをエビス(ゑびす)と呼んだり、遭難者の遺体や漂着物をエビス(ゑびす)と呼んでこれを決して粗末には扱わない風習があった。

 さらに漁師が海に出漁するときや、釣り糸を垂れるとき、海女が海に潜るときなどに「エビス(ゑびす)えびす」と唱え言をすれば漁があると伝えている所も多いようである。

 いずれも、魚群は回遊するという性質と、この神霊に観念されている属性とが結び付けられていると考えられる。

(※注2) エビス(ゑびす・夷・戎・蛭子・恵比須・恵比寿)神は、漁師や農家あるいは商家などで、生業を守護し、福徳をもたらす福神として祀られている。この神は、ヒルコ(蛭児命)あるいはコトシロヌシ(事代主命)とする両説がある。

 また七福神の一つとして大黒天と並び祀られる。古くより「寄り神」「訪人神」として海浜に祀られ、漁師が大漁を祈っていたが、海産物の売買により「市の神」「商売繁栄の神」として、広く商家にまで信仰されるようになった。

 関西では一月十日を「初戎」「十日戎」といって、兵庫県西宮市の西宮神社、大阪市の今宮戎神社などへ招福を祈る多数の参拝者があり、西日本の神社でも一~二月に同様の祭りが多く行われる。

 農家では旧暦の一月と十月の二十日にエビス棚(夷棚)や祠に鯛などを供え、豊作の祈願と感謝の祭りをする「えびす講」の行事もある。

 商家でも秋に「えびす講」あるいは「誓文払(せいもんばらい)」と称し、駆け引きで客を欺いた罪を祓うため、神社に詣でたり、客を供応したり、大安売りをすることがある。

スサノヲ (スサノオ)


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自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

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また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

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スサノヲ (スサノオ)