Posted by 滋賀咲くブログ at
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◆精霊の王 (2003 講談社 中沢 新一)

2006年08月04日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 12:00 Comments( 0 ) 本に見る日本文化考



◆精霊の王 (2003 講談社 中沢 新一)

 この本は、太古の昔から現代の日本社会へと、歴史を超えて脈々と伝えられている基層信仰の存在を明らかにしようとするものである。

 今でも信州の諏訪地方をはじめ日本各地の神社の境内や路傍にひっそり佇む石の神々、民俗学者・柳田國男の初期の著作である『石神問答』でも紹介される「ミシャクジ」、「シャグジ」とか「サゴジ」などと呼ばれる石の神々のことである。

 実はこの「ミシャクジ」、「シャグジ」、「サゴジ」はこの日本列島にまだ国家も神社もなく、神々の体系すら存在しなかった時代の「古層の神」「基層の神」を今に伝える痕跡ではないかとしている。

 さらに、この「古層の神」は中世あらゆる芸道の守護神とされる「守宮神(しゅぐじん)」(鎌倉時代の説話集『続古事談』)、「宿神(しゅくじん)」となり、太古の昔から人々の意識の地下水脈を流れ続けてきたのだと。

 中沢新一氏は、特に金春禅竹の『明宿集』に語られた猿楽の能の世界に注目。猿楽の能の世界の「翁」とは「宿神(しゅくじん)」であり、霊威激しい「大荒神」であり、天体の中心である「北極星」(宇宙の中心)と考える。

 そして、中世の芸能者が篤く敬った社堂の真後ろにあり前の神仏の霊力の発動を促しつづける神霊こそが、「守宮神(しゅぐじん)」「宿神(しゅくじん)」の変化した存在だとみる。

 日本列島にまだ国家も神社もなく神々の体系すら存在しなかった時代から、王権の発生と国家の形成は、神々の世界を体系化し、多種多様な神々の歴史を消し去ろうとするものであった。

 しかし、体系化し消し去ろうとしても、民衆の意識の中に歴史を超えて脈々と伝えられ続けた信仰は、日本各地の神社の境内や路傍にひっそり佇む石の神々「ミシャクジ」「シャグジ」「サゴジ」として、芸能者の「守宮神(しゅぐじん)」「宿神(しゅくじん)」として、「古層の神」「基層の神」として生き続けてきたのだと。

 太古の昔から現代の日本社会にも(特に芸能の世界に)、縄文の時代の基層信仰が生き続けていると教えてくれる良書である。基層の信仰に関心のある方にお勧めする。


スサノヲ(スサノオ)


◆牛頭からスサノオの古代史、小林よしのりの「わしズムV.5」

2006年08月02日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 12:00 Comments( 0 ) 本に見る日本文化考



◆牛頭からスサノオの古代史、小林よしのりの「わしズムV.5」

◆◇◆わしズムVol.5(幻冬舎)「牛頭(ソシモリ)からスサノオの古代史」

 書店である雑誌(ムック)に目が止まった。雑誌(ムック)のタイトルは「わしズム WASCISM Vol.5」(漫画と思想、日本を束ねる知的娯楽本、幻冬舎)。あの「ゴーマニズム宣言」で知られる小林よしのり氏の責任編集による雑誌(ムック)だ。


 表紙の特集内容を見てさらに興味をそそられた。まさかとは思ったのですが、なんと、ゴーマニズム宣言EXTRA「牛頭(ソシモリ)からスサノオの古代史」とあった。早速買い求めて読むことにした。

 はたしてどんな内容なのか、それ以上に「ゴーマニズム宣言」で、社会問題(差別、宗教、国家、個と公、戦争・・・)を批判を恐れず自身の考えを漫画を通して問題提起してきた小林よしのり氏が、何故日本神話を取り扱おうとしたのか、その中でも何故スサノオを取り上げたのかが気になっのである。当然、スサノオをどのように説明しているかも気になったが・・・。

 始まりは、『古事記』に描かれたスサノオ神話のが紹介からである(「海原を治めよ」との命に泣き喚くスサノオ→アマテラスと誓約=ウケヒするスサノオ)。

 誓約(ウケヒ)で生まれた宗像三女神(田心姫、湍津姫、市杵嶋姫)を祀る辺津宮(宗像大社)や中津宮(大島)を小林よしのり氏が訪ねる旅へと展開(こうしたスサノオへの関心は、小林よしのり氏の生まれ故郷に牛頸=牛首=うしくびがあったこと、神話と古代史に関する疑問から始まる。小林よしのり氏にとってのルーツとアイデンティティへの確認作業である)。

 さらに小林よしのり氏は、日本人とは何か(渡来人とは?、海人とは?、帰化人とは?)、どのようにして日本人は日本人になっていったのかへと疑問と思索が進む。

 関心は朝鮮半島と日本列島を自由に航海し交易をしていた海人、その海人を統率した宗像大社を祀る豪族・宗像君の祖先「胸肩君」と、古代の海路「道中(海北道中)」への関心へ向かう。

 古代の海路「道中(海北道中)」のはるか太古に、小林よしのり氏は日本の創世の風景を思い浮かべるのである(タミル人の渡来と日本語の基礎=ヤマトコトバの成立、稲作・金属器・機織などの文明の伝来など)。

 再度小林よしのり氏は、日本と日本人とは何かを探るため、牛頭とスサノオへの疑問へ戻る。

 牛頭と朝鮮半島のソシモリ(新羅国の曽尸茂梨)、牛頭天王と祇園社の祭神、牛頭天王とスサノオ(須佐之男命・素盞鳴尊)、ソシモリと巨木信仰(御柱祭り)、『日本書紀』のスサノオの記述の真偽?、スサノオと紀氏(紀の国)と海人、スサノオの民間信仰と伝承、などへと時を越えて思索は深まる。

 一つの地名にしても、一つの神名にしても、そこには数百年~二千年以上の様々な経過を辿った歴史と繋がり今日にあるわけだ。

 また、話は高天原で乱暴狼藉をはたらくスサノオに戻り、さらにスサノオの源流を求める。根の国と海上他界、スサノオは紀伊の海人の信奉する神(海上他界のマレビト神)、水沼氏の奉祭する神など。

 旅は中津宮(大島)へ、思いは沖ノ島の古代祭祀へと、脳裏に古代の歴史が甦える。小林よしのり氏は、大島の中津宮の杜(もり)で、スサノオの源流を追う思索の旅の中で、遥か昔の日本と日本人(風土と精神)に思いを巡らす。「日本と日本人はどのようにして、日本と日本人となったのか」と・・・。

 このスサノオという神は、渡来の韓鍛冶部の神、出雲の須佐郷の地方神、荒れすさぶる神の神格、アマテラスの対立概念としての神などいろいろな解釈があるが、『記・紀』神話のスサノオの神格が誕生してくるまでにはもっと様々な変遷と経緯を通して出来上がってきたのだ。

 それは、日本と日本人が形成される歴史とも深く関わる長い時間なのである。

 是非、一読をお勧めする。


スサノヲ(スサノオ)


◆宮崎駿の『千と千尋の神隠し』と神道的世界

2006年07月30日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 18:00 Comments( 1 ) 本に見る日本文化考



◆宮崎駿の『千と千尋の神隠し』と神道的世界

◆◇◆宮崎駿の『千と千尋の神隠し』と神道的世界

 アカデミー賞を受賞したアニメーション映画『千と千尋の神隠し』(将来への夢やたくましさを失った現代っ子が、 次々と降りかかる困難を克服しながら、 次第に自分の中にある"生きる力"を呼び覚ましていく様子を力強く描く冒険ファンタジーは、国内では興行成績を次々と塗り替える大ヒットを記録したばかりか、 第五十二回(二〇〇一年)ベルリン国際映画祭ではアニメ作品として初めてグランプリにあたる金熊賞を受賞するなど、宮崎アニメ(「風の谷のナウシカ」「となりのトトロ」「もののけ姫」など)の中でも特に高い評価を受けた傑作である。

 この映画や『となりのトトロ』、前作の『もののけ姫』でも、宮崎監督は精霊や八百万の神々世界を描いている。『となりのトトロ』の「トトロ」は鎮守の社の精霊で、『もののけ姫』の「たたり神」「シシガミ」は森の精霊を、『千と千尋の神隠し』の湯屋には「八百万の神々」が集う。

 そんな日本の神様を、宮崎駿が『となりのトトロ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』で現代に蘇らせているのである。欧米の人々には、こうした日本的神々と神道的世界(神道は、一神的要素も多神的・汎神的要素も含まれる世界である)が理解できるのであろうか? 

 しかし、2001年、宮崎駿氏の『千と千尋の神隠し』がベルリン映画祭で最高賞にあたる「金熊賞」を受賞した。同じく2001年暮れに、映画製作者や批評家らが選ぶ米ナショナル・ボード・オブ・レビュー(全米映画批評会)賞のアニメーション部門賞を獲得。

 そして、2002年3月に発表さたアカデミー賞のアニメーション部門で受賞した。このことは、欧米の人々もこうした世界が理解できる事を示す事例だったと言える。あのアニメ(『千と千尋の神隠し』)の中に描かれているのは、まさしく日本の神々の世界であり、神道的な世界)の現れなのだ。


スサノヲ(スサノオ)


◆精霊の王 (2003 講談社 中沢 新一)

2006年07月23日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 18:00 Comments( 0 ) 本に見る日本文化考



◆精霊の王 (2003 講談社 中沢 新一)

 この本は、太古の昔から現代の日本社会へと、歴史を超えて脈々と伝えられている基層信仰の存在を明らかにしようとするものである。

 今でも信州の諏訪地方をはじめ日本各地の神社の境内や路傍にひっそり佇む石の神々、民俗学者・柳田國男の初期の著作である『石神問答』でも紹介される「ミシャクジ」、「シャグジ」とか「サゴジ」などと呼ばれる石の神々のことである。

 実はこの「ミシャクジ」、「シャグジ」、「サゴジ」はこの日本列島にまだ国家も神社もなく、神々の体系すら存在しなかった時代の「古層の神」「基層の神」を今に伝える痕跡ではないかとしている。

 さらに、この「古層の神」は中世あらゆる芸道の守護神とされる「守宮神(しゅぐじん)」(鎌倉時代の説話集『続古事談』)、「宿神(しゅくじん)」となり、太古の昔から人々の意識の地下水脈を流れ続けてきたのだと。

 中沢新一氏は、特に金春禅竹の『明宿集』に語られた猿楽の能の世界に注目。猿楽の能の世界の「翁」とは「宿神(しゅくじん)」であり、霊威激しい「大荒神」であり、天体の中心である「北極星」(宇宙の中心)と考える。

 そして、中世の芸能者が篤く敬った社堂の真後ろにあり前の神仏の霊力の発動を促しつづける神霊こそが、「守宮神(しゅぐじん)」「宿神(しゅくじん)」の変化した存在だとみる。

 日本列島にまだ国家も神社もなく神々の体系すら存在しなかった時代から、王権の発生と国家の形成は、神々の世界を体系化し、多種多様な神々の歴史を消し去ろうとするものであった。

 しかし、体系化し消し去ろうとしても、民衆の意識の中に歴史を超えて脈々と伝えられ続けた信仰は、日本各地の神社の境内や路傍にひっそり佇む石の神々「ミシャクジ」「シャグジ」「サゴジ」として、芸能者の「守宮神(しゅぐじん)」「宿神(しゅくじん)」として、「古層の神」「基層の神」として生き続けてきたのだと。

 太古の昔から現代の日本社会にも(特に芸能の世界に)、縄文の時代の基層信仰が生き続けていると教えてくれる良書である。基層の信仰に関心のある方にお勧めする。


スサノヲ(スサノオ)


◆牛頭からスサノオの古代史、小林よしのりの「わしズムV.5」

2006年07月22日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 18:00 Comments( 0 ) 本に見る日本文化考



◆牛頭からスサノオの古代史、小林よしのりの「わしズムV.5」

◆◇◆わしズムVol.5(幻冬舎)「牛頭(ソシモリ)からスサノオの古代史」

 書店である雑誌(ムック)に目が止まった。雑誌(ムック)のタイトルは「わしズム WASCISM Vol.5」(漫画と思想、日本を束ねる知的娯楽本、幻冬舎)。あの「ゴーマニズム宣言」で知られる小林よしのり氏の責任編集による雑誌(ムック)だ。


 表紙の特集内容を見てさらに興味をそそられた。まさかとは思ったのですが、なんと、ゴーマニズム宣言EXTRA「牛頭(ソシモリ)からスサノオの古代史」とあった。早速買い求めて読むことにした。

 はたしてどんな内容なのか、それ以上に「ゴーマニズム宣言」で、社会問題(差別、宗教、国家、個と公、戦争・・・)を批判を恐れず自身の考えを漫画を通して問題提起してきた小林よしのり氏が、何故日本神話を取り扱おうとしたのか、その中でも何故スサノオを取り上げたのかが気になっのである。当然、スサノオをどのように説明しているかも気になったが・・・。

 始まりは、『古事記』に描かれたスサノオ神話のが紹介からである(「海原を治めよ」との命に泣き喚くスサノオ→アマテラスと誓約=ウケヒするスサノオ)。

 誓約(ウケヒ)で生まれた宗像三女神(田心姫、湍津姫、市杵嶋姫)を祀る辺津宮(宗像大社)や中津宮(大島)を小林よしのり氏が訪ねる旅へと展開(こうしたスサノオへの関心は、小林よしのり氏の生まれ故郷に牛頸=牛首=うしくびがあったこと、神話と古代史に関する疑問から始まる。小林よしのり氏にとってのルーツとアイデンティティへの確認作業である)。

 さらに小林よしのり氏は、日本人とは何か(渡来人とは?、海人とは?、帰化人とは?)、どのようにして日本人は日本人になっていったのかへと疑問と思索が進む。

 関心は朝鮮半島と日本列島を自由に航海し交易をしていた海人、その海人を統率した宗像大社を祀る豪族・宗像君の祖先「胸肩君」と、古代の海路「道中(海北道中)」への関心へ向かう。

 古代の海路「道中(海北道中)」のはるか太古に、小林よしのり氏は日本の創世の風景を思い浮かべるのである(タミル人の渡来と日本語の基礎=ヤマトコトバの成立、稲作・金属器・機織などの文明の伝来など)。

 再度小林よしのり氏は、日本と日本人とは何かを探るため、牛頭とスサノオへの疑問へ戻る。

 牛頭と朝鮮半島のソシモリ(新羅国の曽尸茂梨)、牛頭天王と祇園社の祭神、牛頭天王とスサノオ(須佐之男命・素盞鳴尊)、ソシモリと巨木信仰(御柱祭り)、『日本書紀』のスサノオの記述の真偽?、スサノオと紀氏(紀の国)と海人、スサノオの民間信仰と伝承、などへと時を越えて思索は深まる。

 一つの地名にしても、一つの神名にしても、そこには数百年~二千年以上の様々な経過を辿った歴史と繋がり今日にあるわけだ。

 また、話は高天原で乱暴狼藉をはたらくスサノオに戻り、さらにスサノオの源流を求める。根の国と海上他界、スサノオは紀伊の海人の信奉する神(海上他界のマレビト神)、水沼氏の奉祭する神など。

 旅は中津宮(大島)へ、思いは沖ノ島の古代祭祀へと、脳裏に古代の歴史が甦える。小林よしのり氏は、大島の中津宮の杜(もり)で、スサノオの源流を追う思索の旅の中で、遥か昔の日本と日本人(風土と精神)に思いを巡らす。「日本と日本人はどのようにして、日本と日本人となったのか」と・・・。

 このスサノオという神は、渡来の韓鍛冶部の神、出雲の須佐郷の地方神、荒れすさぶる神の神格、アマテラスの対立概念としての神などいろいろな解釈があるが、『記・紀』神話のスサノオの神格が誕生してくるまでにはもっと様々な変遷と経緯を通して出来上がってきたのだ。

 それは、日本と日本人が形成される歴史とも深く関わる長い時間なのである。

 是非、一読をお勧めする。


スサノヲ(スサノオ)