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【出雲学】神在月と神在祭、古代出雲王国の謎(三)

2013年08月30日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 11:29 Comments( 1 )
【出雲学】神在月と神在祭、古代出雲王国の謎(三)

◆◇◆神在月と神在祭、旧暦十月出雲に神々が集う

 旧暦十月の和名は「神無月(かんなづき)」(「神去月(かみさりづき)」)(※注1)といいます。日本のここかしこに居られる八百万の神々が、年に一度、出雲に集まるため、「神さまがいなくなる月=神無月」(※注2)と名付けられたそうです。日本全国が神無月でも、出雲では「神在月」となるのです(神在月の期間には毎年決まって激しい北西の季節風が吹き、海では波が荒れ、島根半島の海岸部に錦紋小蛇=南方産のセグロウミヘビの一種が現れます)。出雲に集まった神々は、人には計り知ることのできない諸般の事ごとをお決めになるのです(神議り=かむはかり)。翌年の酒造りや男女の縁結びも、このとき決まるといわれます(神々は出雲に参集して会議を行うほか、舟遊びをしたり、漁労や収穫の検分をしたりと、さまざまな伝承が残されています)(※注3)。出雲大社では旧暦十月十日の夜、全国から八百万の神々が集まるのをお迎えするため「神迎神事」(竜蛇神迎えの神事)が厳かに営まれます。

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1)旧暦十月は、神無月(かんなづき)と呼ばれます。全国の神々が出雲の国に集まって、地域の神々が留守になるので「神無し月」と呼ばれするのが一般的です。神無月の由来については、その他さまざまな説があります。まず、一つ目は、陰陽説からくるものです。陰陽説で神は陽であり、十月は陽の気がない極陰の月とされます。つまり「陽(かみ)無月」が「神無月(かんなづき)」に転化したという説です。また、陰神とられるイザナミ尊が、出雲で崩御したのは十月なので、「(母)神の無い月」という考え方もあります。二つ目は、神無月は「神嘗(かんなめ)月」が転化したという説です。神嘗は新穀を神に捧げることです。十月はこの神嘗のための月という解釈です。また、十月は翌月の新嘗の設けに、新酒を醸す月、つまり「醸成(かみなん)月」の意から来ている月名で、「神無月」は当字だとしている説もあります。

(※注2)また、神無月(かんなづき)の旧暦十月は全般に行事や神事が少ないため、旧暦十一月に行われる稲の収穫祭「霜月祭」のための、物忌みの期間なのではないかという説があります。また稲作の神さま(田の神さま)が、秋になると山に帰って山の神さまになるという信仰から行われる「神送り」がありますが(地域によって神送りの日程が異なるのは、収穫時期の相違が反映していると考えられます)、この「神送り」で、本来は山に帰るはずの神さまが、出雲信仰と結びつき出雲に行くことになったとする説もあります。

(※注3)一体、神々は出雲の地に集って一体何を話されるのでしょうか? 「神事(幽業、かみごと)、すなわち人には予めそれとは知ることのできぬ人生諸般の事ごもを神議り(かむはかり)にかけて決められる」と信じられています。要するに、むこう一年間の人々の全ての縁について決める、というのです。ですから、一般的に言われている「縁結びの神様」は、別に男女の縁だけを言ったものではないのです。しかし、神々来臨の目的は各社各様です。


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「八雲立つ出雲の国」には、空と陸と海とが互いに映えあう見事な風土が今もあります。
この風土を背景に、多彩な出雲の神々が誕生し縦横無尽に活動したのです。
出雲の風土の中にいると、神話や伝承の世界が、
そこここに生き続けているような不思議なリアリティを感じてしまいます。

◆Webサイト「出雲神話・古代出雲に出会う旅」
http://susanowo1.jimdo.com/

◆Facebookページ「出雲神話・古代出雲に出会う旅」
https://www.facebook.com/shinwaizumo

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【出雲学】神在月と神在祭、古代出雲王国の謎(二)

2013年08月15日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 08:35 Comments( 0 )
【出雲学】神在月と神在祭、古代出雲王国の謎(二)

◆◇◆古代出雲は神話の源郷、八雲立つ出雲の国

 八雲立つ出雲の国は、空と陸と海とが互いに映えあう見事な風土です(※注1)。この風土を背景に、多彩な出雲の神々が誕生し縦横無尽に活動させたのです。出雲には神話や伝承の舞台とされる場所が数多く残されています。これらの神話・伝承を、拙速に歴史的事実と混同することは厳に慎むべきことですが、しかし出雲の風土(文化的風土)はそうした神話や伝承の世界(神話は生活共同体の中で共同認識に基づいて生じたものであり、共同体の信仰がなければ消滅してしまう集団表象。古代の人々が何に感応し、何を価値として生きていたかが見えます)が、そこここに(※注2)生き続けているような不思議なリアリティをもって迫ってきます(※注3)。

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1)出雲の国の自然は、北から半島・湖沼・平野・山地と見事に配置されています。出雲の国はこれらが互いに照応しながら出雲の国の独自な風土を作り出しています。出雲の国はむくむくと雲の湧き立つのが極めて印象的な国です。寄より来る波に洗われる島根半島には、対馬海流が遥か彼方から南方の文化をもたらします。入海・内海や潟港は、古代には外来の文化が留まる良港でした。東の意宇平野と西の杵築平野には五穀を稔らせる狭いが肥沃な平野があります。その背後に横たわる深い山地には良質な砂鉄を産します。

(※注2)黄泉国訪問神話の伊賦夜坂・猪目洞窟、八俣大蛇退治神話の斐伊川・船通山、国譲り神話の稲佐の浜、美保神社の諸手船神事・青柴垣神事などや、国引き神話の島根半島・三瓶山・大山、佐太大神誕生神話の加賀の潜戸、カンナビ信仰の茶臼山・朝日山・大船山・仏経山、神在月の神迎祭・神在祭・神等去出祭などに生き続けています。特に『出雲国風土記』が伝える出雲の神々は、出雲の風土と照応して個性豊かな姿を見せてくれます(出雲の風土がそのまま人格神となったような面影を見せます。『記・紀』神話に出てこない独立神が十四柱もいます)。また、出雲のあちこちには古い伝統をもつ神社があり、古くから信仰があったことを窺わせます(熊野大神、野城大神、佐太大神といった大神伝承、出雲宗教王国の源流)。

(※注3)日本に魅せられ、神話の地・出雲に住み着いて日本研究に生涯を捧げたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、『日本印象記』の中で、「神道の真髄は書籍にも儀式にも法律にも存しない。ただ、国民的心情の中に活きて永存して居るばかりである。そこに国民のあらゆる全部の魂、偉大なる霊力が潜在して震えつつある。この魂が遺伝し、内在し、無意識的、本能的に働いているのが、神道である。神道を解するには、この神秘な魂を知らなくてはならぬ」と述べています。また、ハーンは『杵築』というエッセーの中で、出雲大社の最高祀官・出雲国造と対面した感想を、「古代ギリシャのエレウシスの秘儀を司る最高官(人の生死の秘密を知り、その再生の秘儀に携わる神官)」を思わせると、そのときの印象を感動的に述べています。さらに「杵築を見るということは、とりもなおさず今日なお生きている神道の中心を見るということ、・・・悠久な古代信仰の脈拍にふれることになる」と述べています。

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「八雲立つ出雲の国」には、空と陸と海とが互いに映えあう見事な風土が今もあります。
この風土を背景に、多彩な出雲の神々が誕生し縦横無尽に活動したのです。
出雲の風土の中にいると、神話や伝承の世界が、
そこここに生き続けているような不思議なリアリティを感じてしまいます。

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【出雲学】神在月と神在祭、古代出雲王国の謎(一)

2013年08月12日



◆◇◆神々の国・出雲と環日本海文化圏の中心地・出雲

 初冬の旧暦十月、島根県・島根半島の西端の稲佐の浜で、神秘的で厳粛な神事が行われます(※注1)。全国の八百万の神々がこぞって出雲に参集して神議りをするというのです(神迎祭・神在祭・神等去出祭)。そこから、旧暦十月を出雲では「神在月」と呼び、他では「神無月」と呼びます。八雲立つ出雲の国は、神話の風景と懐かしい心の故郷を感じさせる、神々が集う国(古代が息づく神々の国・神話の国)なのです(※注2)。

 明治二十三年(一八九〇年)に来日し、伝統的な日本文化を研究したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、「出雲は、わけても神々の国」「民族揺籃の地」であると述べています。出雲は古代日本の歴史と文化の重要な地(大和朝廷と出雲の緊張関係、国譲り神話に秘められた歴史的背景、倭建命の出雲建征討・出雲振根と飯入根の説話)であり、独自な歴史と文化を持ち続けた地(神庭荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡、巨木文化を伝える出雲大社・四隅突出型墳丘墓、管玉・勾玉などの玉作り文化)でもあったのです。

 出雲の神話(『出雲国風土記』の国引き神話など)や文化(出雲系信仰と習俗など、出雲は宗教王国)を出雲という一地方のローカルな歴史と文化としてみるだけでなく、環日本海文化圏というグローバルな視点から見ると、出雲が日本海沿岸の国や地方と強く深く交流をもっていた先進の文化を持つ国(古代出雲王国)であったことを窺い知ることができます(※注3)。

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1)神迎祭の旧暦十月、稲佐の浜にセグロウミヘビの一種が打ち寄せられます。この海蛇は「竜蛇様」(石見地方では神陀=ジンダと呼びます。常世国から依り来るマレビト神)と崇められ、三方に載せて恭しく出雲大社に奉納されます(上がった浜ごとに佐太神社、日御御碕神社、美保神社に奉納されます)。神々が、海の彼方から続々と上陸してくるという、壮大な海辺の神秘的祭りです。

(※注2)出雲に関する神話は非常に多く、一般には「出雲神話」と総称されています。しかし、この出雲神話という呼び方には多少問題がありそうです。というのも、出雲の神話といっても『古事記』『日本書紀』の他にも、『出雲国風土記』『出雲国造神賀詞』などさまざまな文献に記載されています。これらすべてをひとまとめにして扱っていいものか、慎重な検討が必要のようです。『古事記』『日本書紀』の朝廷によってまとめられた出雲の神話を「出雲系神話」とも呼びます。出雲系神話は記・紀神話の三分の一以上にあたるとされ、とても大きなウェイトを占めており、内容的にも魅力的な物語がたくさん含まれ、最後には「国譲り神話」へと収斂していくのです。それに対して、『出雲国風土記』『出雲国造神賀詞』の在地でまとめられた出雲の神話を「出雲神話」とも呼びます。地名由来伝承に関わるものが多く、『記・紀』にはない「国引き」神話などがあり、またスサノオ命やオホナムチ命の姿も違い、神話の質的相違を感じます。

(※注3)神庭荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡などの考古学的発見は、ヤマト政権に対抗しうるような高い技術力と独自の文化を持ち、古代日本のなかで、重要な役割を果たしてきた古代王国があったことを裏付けています(青銅器の国)。また、出雲では良質の砂鉄が採れ、古代より鉄生産は行われていました(製鉄の国)。

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「八雲立つ出雲の国」には、空と陸と海とが互いに映えあう見事な風土が今もあります。
この風土を背景に、多彩な出雲の神々が誕生し縦横無尽に活動したのです。
出雲の風土の中にいると、神話や伝承の世界が、
そこここに生き続けているような不思議なリアリティを感じてしまいます。

◆Webサイト「出雲神話・古代出雲に出会う旅」
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