
◆出雲神話と高天原神話を繋ぐスサノヲ(十)
◆◇◆出雲系神話と高天原系神話を繋ぐスサノヲ神話:大和の大物主神と大和朝廷(9)
日本列島は春夏秋冬の四季に恵まれ、花鳥風月の四季の移ろいは、人々の風土と文化をかたちづくってきた基層となっている。春の花、梅雨の長雨、夏の緑、秋の台風・紅葉、そして冬の雪などは、日本の自然の豊かさの象徴でもある。
私たちは、このような四季の自然の移り変わりを、当然のように享受しているが、実は、このような多彩な、しかもめり張りのある季節の移り変わりは、地球上、どこにでもあるわけではない。チベット高原・ヒマラヤ山脈の大山塊が、大気大循環の季節変化に大きく作用した結果、この山塊の風下側に位置する列島に現れた現象なのだ(※注1)(※注2)。
※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆
(※注1)夏に至る時期には、チベット高原は大気を強く暖め、南のインド洋から大陸へと湿った空気の流れ、即ちモンスーンの気流を強めるが、その湿った気流の本流は高原の障壁効果と地球の自転効果で高原の東側、すなわち東アジア方面に向かう。
一方、高原の北を迂回して乾いた偏西風も東アジアに南下して、南からの湿ったモンスーン気流と出会う。そこにできた不連続線が、梅雨前線だ。冬には、チベット高原が巨大な壁のように寒気を大陸内に塞き止め、時折風下側に、冷たい北西季節風として東アジアに溢れだす。暖かい日本海で熱と水蒸気をたっぷり供給されたこの季節風は、日本海側に大雪をもたらすことになる。
こうした日本の気候の変化は、日本人に四季折々の風情や文化(習俗、文学、芸術など)を生み出した。哲学者の和辻哲郎はその著書『風土―人間学的考察』の中で、人間の精神はその風土に強く影響されると主張した。風土とは単に気候や地理的条件だけではなく、地質や地味、景観などを広く含んだ概念であるが、和辻は大きく三つの風土(アジアのモンスーン的風土、アラビア半島を中心にした砂漠的風土、そしてヨーロッパの牧場的風土という三つの類型を設定しました)を考え、それぞれの風土がどのような人間の精神を形作ってきたかを明らかにしようとした。
和辻の風土論は、現在学問的には厳密さを欠くものと考えられているが、しかし人間の精神のあり方が、それらの人々の住む自然のあり方に大きな影響を受けて形成されるということは間違いないことのようだ。
(※注2)日本人の考えた神々は自然現象の神格化(また観念の神格化)であり、こうした神々を総称して「八百万の神」という(後に、各氏族の祖先神=氏神などの人格神が現れる)。
日本人は自然の織りなす森羅万象(山川草木・生きとし生けるものすべて)に神が宿るという汎神論的な多神教の世界観を持ち、自然現象の中に霊的なものの存在を認めるアニミズム的神観念(精霊崇拝)を持っていた。
日本の神は無限の恵みをもたらす神であると同時に、一瞬のうちに略奪の限りをつくす荒ぶる神でもあったのである(こうした両義性を持つ神に対し、豊穣をもたらす神をもてなし荒ぶる神の怒りを鎮め、祭りを通して崇拝してきた)。
また、そのような神に対して、日本人は心情の純粋さを尊び、谷川の流れのように澄み切った濁りなき誠実さを尊んだのである。これが「明き・清き・直き・正しき心」(人間は本来、神の分魂と考えられました)である。
この神に対して欺き偽るといった心(汚き心)がないこと、神の意志に一致している心である清明心は後代には事物や人に対して偽ることのない心情と考えられ、素直な心、天真な心、私心のない心、正直な心、誠の心というように日本人の倫理・道徳的心情となっていった。
また聖俗の区別は美醜や清浄不浄と同一視され、罪とは身に付着した外面的な穢れ(日本人は血や死などの穢れを非常に忌み嫌いました)とされ、禊ぎや祓い(精進潔斎や人形祓いなど)によって取り除くことのできるものと考えられた(穢れを排除し、生命の輝きを取り戻そうとした古代の人々の思想であり、大自然に抱かれた魂の循環と再生のシステムである)。
こうしたニッポン教ともいうべき聖俗観は、今日まで連綿と受け継がれているのだ。
スサノヲ(スサノオ)
◆アマテラス(天照大神)と伊勢神宮の謎(二)
◆アマテラス(天照大神)と伊勢神宮の謎(一)
◆神話の世界観、本能的に世界の本質を感じ取る
◆神話の死生観、死を発見し理解し概念として他者と共有した
◆2012年『古事記編纂1300年記念』
◆『古事記』、神話のコスモロジー(一)
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