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◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(二)

2012年01月09日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 22:01 Comments( 0 ) 祭りに見る日本文化考



◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(二)

◆◇◆エビス(ゑびす・夷・戎・蛭子・恵比須)神、ヒルコ(水蛭子・蛭児)とコトシロヌシ(事代主命)

 エビス(ゑびす・夷・戎・蛭子・恵比須)神はいうまでもなく、七福神(商業社会が成立する室町時代、インドや中国の神々を集めた福神信仰が広まる)の一柱として、また商売の神として各地で篤く信仰を集めていた。

 実はこのエビス(ゑびす・夷・戎)は、他の七福神の中でも例外的な存在である。というのも、七福神のほとんどが大陸系(インド・中国)の色合いが濃い神であるのに、エビス(ゑびす・夷・戎、狩衣指貫に風折烏帽子を被り大きな鯛を抱え釣竿を肩にかけた福々しい姿)神だけは複雑な経過を辿り生まれた日本の神だからだ。

 このエビス神(神名には夷・戎・恵比須などが用いられるが、異郷・辺境から来訪して幸をもたらす威力ある荒々しい神を表す。また漁村では広く鯨・鮫・海豚を「ゑびす」と呼んだり、漂流する死体を「ゑびす」と呼んだりして、豊漁の前兆とする信仰がある)にはイザナギ命とイザナミ命の最初の子神であるヒルコと無類の釣り好きというコトシロヌシの二つの顔がある。(※注1・2・3)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1) 本来は海の彼方から福をもたらす漁業の神、後に商工業の発展に従い商売繁盛の神として庶民に広く信仰されるようになる。毎年一月十日を初戎(十日戎)として百万人の参詣・参拝客で賑わう。

 西宮神社(兵庫県西宮市、福神ゑびす=西宮ゑびすの総本社)の祭神は西宮大神(蛭子大神)を主神として天照大神・須佐之男大神・大国主大神を祀る。

 西宮ゑびすの名が文献に見えるのは平安末期からで、『伊呂波字類抄』に「夷(毘沙門、ゑびす)」(毘沙門とあるのは本地垂迹説によるもの)とあるを初見とする。

 西宮ゑびすには次のような伝承がある。「昔、鳴尾の浦の漁師が夜に武庫の海で網を曳いていると神像のようなものがかかった。漁師はこれを捨ててさらに進み、和田岬の辺りで網を曳くと捨てたはずの神像が再びかかった。そこでこれを持ち帰って家に祀った。

 ある夜の夢に神の信託があり『われは蛭子神(ひるこのかみ)である。国々をまわってここまで来たが、ここより西に適地がある。そこに鎮まりたい』と伝えた。

 漁師はこの夢を里人に話し、神像を輿に載せてこの地に祀ったという。」 つまり西宮ゑびすの起源は、寄り神的な習俗を基とする漁民信仰(海人信仰)の一つであると考えらる。

(※注2) 一つはイザナギ命(伊邪那岐命・伊弉諾尊)とイザナミ命(伊邪那美命・伊弉冉尊)の最初の子神でありながら海に流されヒルコ(水蛭子・蛭児)である(流産児や未熟児を川や海に流した「オカエシ」という古俗の反映か)。

 『源平盛衰記』によると、後にこのヒルコがアメノイワクスブネ(天磐樟船)に乗って摂津国西の浦に漂着し、土地の人々はヒルコを大切に育て夷三郎と呼び、そののち夷三郎・戎大神として祀ったとする伝承(西宮=エビス信仰の総本社の西宮神社には、別の伝承があります)を伝えている。

 海の向うの理想郷=常世の国から訪れるマレビト神・寄神の信仰による。海の恵みや海からの漂着物は神の賜物とされた)を伝えている。このエビス(ゑびす・夷・戎)は豊漁や海上安全の「海の神」、交易・商業の繁栄の「市の神」、商売繁盛をもたらす「福の神」として民衆から圧倒的な信仰を持たれていくのである。

(※注3) そうしてもう一つの顔は、島根県八束郡美保関町の美保神社に祀られてるのオオクニヌシ(大国主命)の子神・コトシロヌシ(事代主命、天孫族の国譲りに際し、抵抗もなく服従し海に身を隠した神)とされている。

 ちなみに、美保神社に祀られるコトシロヌシ(事代主命)としてのエビス(ゑびす・夷・戎)は、左手に鯛を抱え、右手に釣竿を携えた、今見ることのできるエビス(ゑびす・夷・戎)の原形に近い。

 このエビス(ゑびす・夷・戎)は海の神として漁師の信仰の対象になっていた。コトシロヌシ(事代主命)が大漁の神・エビス(ゑびす・夷・戎)とされたのは江戸時代のことのようで、オオクニヌシ(大国主命)の大黒と対をなす祭神は「出雲大社だけでは片参り」と広く信仰された。この二柱の神は、なぜか民衆に熱狂的に崇拝されてきたのである。

スサノヲ (スサノオ)


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◆2012年 古事記編纂1300年記念

「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

スサノヲ (スサノオ)




◆エビス神、信仰コミュニティーの成立(一)

2012年01月09日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 21:59 Comments( 0 ) 祭りに見る日本文化考



◆◇◆エビス(ゑびす・夷・戎・恵比須)信仰、十日戎(一月九日~十一日)

 一月十日は「商売繁盛、笹持って来い!・・・」で知られる、西宮神社(兵庫県西宮市、ゑびす宮全国三千余社の総本社、西宮のえべっさん)や大阪府・今宮戎神社(大阪府大阪市浪速区)でエビス(ゑびす・夷・戎・恵比須、蛭子神が摂津国西の浦に到着し夷三郎として祀られたのが西宮エビス)神を祭る「十日戎(とおかえびす)」が行われる。九日は「宵戎(よいえびす)」で、十一日は「残り福」である。

 関西では「えべっさん」と呼ばれ庶民に親しまれている祭りで(関東では一月二十日、十月二十日や十一月二十日のゑびす講)、特に総本社の西宮神社と今宮戎神社(元は西宮神社の分社で、西宮の本宮に対し今宮といわれました)は、それぞれ百万人の参詣・参拝客で賑わう。(※注1・2・3)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1) 私たちは、七福神(恵比須・大黒天・弁財天・毘沙門天・布袋尊・福禄寿・寿老人)の中で満面に笑みをたたえた福相をして、デップリと太って狩衣指貫(かりぎぬゆびぬき)に風折烏帽子(かざおりえぼし)を被り、鯛を抱え釣竿を肩にかけたエビス(ゑびす・夷・戎・恵比須・恵比寿)神の姿をよく知っている。

 このような姿は、江戸時代の商家の福神信仰の広まりとともに生まれたものである。インドの三柱の神、中国の三柱の神とともにただ一柱、日本の神としてエビス(ゑびす・夷・戎)神が七福神に加えられている。

 ここには商業社会(商業社会が成立する室町時代、インドや中国の神々を集めた福神信仰が広まる。中国の奇数を尊ぶ思想や竹林の七賢人、また仏教の「七難即滅、七福即生」にならって七福神信仰が成立する)のエビス(ゑびす・夷・戎)信仰の根強さを窺い知ることができる。

 エビス(ゑびす・夷・戎)神は元々漁業の神であったが、商人が干鰯(ほしか)・昆布などの海産物を扱うことが多かったため、商売繁盛の神・商家の神ともされた。

(※注2) エビス神はゑびす・夷・戎・蛭子・胡子・恵比須・恵比寿とも書き、見知らぬ遠方・辺境のものや異邦人・異俗の人々を意味する。日本には古くから異邦人・異俗の人々を蔑視と畏怖の対象とみなすだけでなく、異郷からやって来たものが人々に望外な幸をもたらしてくれるという信仰があった(海の彼方からやって来るものに、海の幸や豊穣を呼び込む霊力があると期待する心意がありました)。

 こうしたことからも、漁民が浜に流れ着いたものを「寄り神(漂着神)・客神(まれびとがみ)」として祀る習俗(多くの漁港や漁村では浜辺や村内のあちこちにエビス神の祠が見られ、普段から漁民の篤い信仰を集めているとともに、大漁があったときなどにはエビス魚などといって祠の前に獲れた魚を献じる習慣がある)が、福神(豊穣・豊漁の神)としてのエビス信仰の最も古い形(原初的形態)であったと考えられる。

 各地に残されている寄り神信仰をみると、三浦半島では水死体を「流れ仏」と呼び、それをエビスとして祀り、「エビスさん拾い上げてやるから漁をさせろ」という風習があったた。奥能登や佐渡の漁村では、村外から訪れる物貰いをエビス神に見立てて祀っていた。

 京都府舞鶴市の小橋漁港では、海中から拾い上げた丸石をエビス神として神社に前に置き、出漁前に丸石を叩いて大漁を祈願する風習が今でも行われている。また、東日本の漁民の間では、鯨・鮫・海豚のことをエビスと呼ぶことがある。

(※注3) 出雲地方では、海辺に寄り来る海蛇(セグロウミヘビの一種)に対する竜蛇信仰(竜蛇様)が盛んである。そうしたことから、古代の出雲の人々は、竜蛇様と同じような性格のエビス神をオオクニヌシ(大国主命)の子神で漁猟の好きなコトシロヌシ(事代主命、国譲りに際し天孫族に服従したあと海の果てに去ったとされる。島根県八束郡美保関町の美保神社)として豊漁の神に神格化したのである。

 またここから大黒様(音の通ずるところから大国主神とされます)とエビス様の福神ペアとしての考えも生まれた(室町時代中期頃、日本では古くから男女神、夫婦神、親子神など二柱一対に祀る風習があり、神の力も二倍になると考えた。こようにして「エビス大黒」は強力な福神のイメージが形成されたのだ)。

スサノヲ (スサノオ)


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「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

スサノヲ (スサノオ)




◆夷【恵比須、蛭子】信仰と結びついた神

2012年01月09日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 21:57 Comments( 0 ) 祭りに見る日本文化考



◆夷【恵比須、蛭子】信仰と結びついた神地図はこちら

※今宮戎神社の行事 例大祭「十日戎」

「商売繁盛でササ持って来い」の掛け声も威勢よく始まった大阪市浪速区の今宮戎神社(津江明宏宮司)の例大祭「十日戎」は、九日(宵宮)・十日(本ゑびす)・十一日(残り福)の三日間斎行される。この戎(えびす)信仰とは何か。

※夷【恵比須、蛭子】(えびす)様の正体とは、
 
 タイを抱え釣り竿を肩にしてニコニコ笑っている「エビス様」この笑顔を「エビス顔」といい、室町時代には七福神の一人となる。この一般によく知られている「エビス様」の正体がよく分からない、といわれている。

 イザナギ命(伊邪那岐命)とイザナミ命(伊邪那美命)の二人の間に産まれた最初の子であり、不具の子・水蛭子(蛭児・ひるこ)は「子の例(かず)に入らず」と葦船に乗せられて流し捨てられた神様である。その後、この水蛭子は摂津国(兵庫県と大阪府の一部にまたがる地域)・西宮に流れ着いたとされている。

 また、女性神の日神・ヒルメ(日女)に対する男性神の日神・ヒルコ(日子)であったのではないかという考えもある。この出自のよく分からない神様は、「エビス」の総本山である西宮神社に鎮座している。

 もう一つの神様はコトシロヌシ命(事代主命)である。コトシロヌシ命(事代主命)はオオクニヌシ命(大国主命)の第三子で、出雲の国譲りの話に登場する。天津神の使者が出雲にやってきた時、、国を譲るようにオオクニヌシ命(大国主命)に迫る。

 その時、御大の前で釣りをしていたコトシロヌシ命(事代主命)は、アメノトリフネ(天鳥船)を使って呼び戻され、父であるオオクニヌシ命(大国主命)の前で、天津神である彼らに従う旨を伝える。コトシロヌシ命(事代主命)は、天の逆手を打って船を覆し、青紫垣に変えてその中に隠れてしまった。

 さらに、広田神社の神官で、神社の再建に力を出し、神功皇后が朝鮮から帰還の時、タイを釣って、祝宴を設け、この功により西宮神社の祭神となったという「夷(えびす)三郎」である、という説もある。

 漁民の民間信仰によると「エビス」は水死人のこと、それを拾うと豊漁になるといわれている。また地方によって鯨、鮫、いるか、流木などを指す場合もある。

 これらにはブリやカツオが着いていることもあり、大漁をもたらすものでもあったそうだ。いうなれば海上を漂いながら辿り着く「漂着神」であり、異郷からやってくるもの「エビス」とはそのような意味があった。それがいつの間にか時代が変わると七福神の一人となり、大漁の神と変化していくのである。 

 西宮夷社に接して魚の市場が設けられ商人はその魚を販売していく足場として各地に「夷社」が勧請され、そこが交易の場となってゆく。さらに、西宮の神社の雑役をつとめながら「人形あやつり」や神社の領布を行う「夷かき」とか「夷舞い」と呼ばれた「くぐつ」などの芸能の徒の活動が加わってゆく。



スサノヲ(スサノオ)


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◆2012年 古事記編纂1300年記念

「なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに なみだこぼるる」

この言葉は、仏僧であった西行法師が伊勢神宮を参拝した際に詠んだとされる歌である。
自然崇拝を起源とする日本の神々は、目には見えない。

しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

2012年、現存する中では最古の歴史書「古事記(こじき・ふることぶみ)」が1300年を迎える。この「古事記」という書物には「国土の誕生について」「日本の神々について」「日本の歴史について」、「日本」と「日本人」のこの国のすべてのことが古代の人々の感性で語られている。

また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

スサノヲ (スサノオ)




◆成人式、象徴的な死と再生の通過儀式(四)

2012年01月09日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 21:53 Comments( 0 ) 年中行事に見る日本文化考



◆成人式、象徴的な死と再生の通過儀式(四)

◆◇◆神話の中に見る成年式(成人式)、神話的事実の直接体験(2) 

 『古事記』には「其の汝が持てる生大刀・生弓矢を以ちて、汝が庶兄弟をば坂の御尾に追ひ伏せ、亦河の瀬に追ひ撥ひて、おれ大国主神を為り、亦宇都志国玉神と為りて、其の我が女須勢理毘売を適妻と為て、宇迦の山の山本に、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽たかしりて居れ。是の奴よ」(そのお前が持っている生大刀と生弓矢で、お前の兄弟たちを坂のすそに追い伏せ、また川の瀬に追い払って、貴様がオオクニヌシ神=大国主神となり、またウツシクニタマ=神宇都志国玉神となって、その私の娘スセリビメ=須勢理毘売を本妻として、宇迦の山の麓に、底つ石根に、宮柱ふとしり、高天原に氷椽たかしりて住め。こやつめ」)とある。

 つまり、ここでスサノオ命(須佐之男命・須盞鳴尊)やヤソガミ(八十神)に与えられた試練・困難を乗り越えたオホナムヂ(大穴牟遅命=子供)は、スサノオ命(須佐之男命・素盞鳴尊=社会)によって認められ、オホナムヂ(大穴牟遅神=子供)としては死に、オオクニヌシ命(大国主命=大人、大国主命とは未成年の青年神オホナムヂが「成年」して得た名=スサノオ命がオホナムヂに投げ与えた名です)として再生することになるのである。

 この神話「大国主神の受難と根國行き」には成年式(成人に通過儀礼)の一連の過程が、このように物語らているのである(物語の構造)。

 通過儀礼としての試練の克服によって新たな力を身につけ、少年が大人になるという成年式の構造(大国主命になったことはオホナムヂの死であり、成年式ないしはそのシャーマン的形態である)をこの神話に見ることが出来る。

 古代社会では、成年式儀礼を終えて初めて結婚が許され、また大人の仲間入りが許された。スセリビメを本妻とすることを許されたのは、オホナムヂが成年式儀礼を終えたことを示している。オホナムヂは、根の国のスサノオ命の下で成年式儀礼を終え、さらに呪術師・祭司王としての資格を認められ、葦原中国の首長としてのオオクニヌシ命(大国主神)として新生したのである。

 様々な試練を乗り越えることでオホナムヂは結婚を許され、偉大な王としての資格を得たのである。そういった点で、この神話(及び前後の神話)自体が一種の成年式儀礼的な役割を果たしているといえるのかもしれない。(※注1・2・3)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆

(※注1) 古代の人々は、死と再生の円還的循環(生命の永遠、霊魂の再生と循環)を通して、自然を畏敬し(共生し)、自然(生命の再生と循環システム、生きとし生ける者はすべて大地から生まれ大地に還る、多様性の中の共存)の懐に抱かれ調和してきたのである。

 また、神話の多義性(多様性・多面性)が指摘され、複数の立場からの解釈が神話の多様で多面的な側面を浮き彫りにするとされている。神話は時代や地域を超越する普遍的な側面と、そこに規定される特殊な側面とを共に含んでいるのである。

(※注2)神話と儀礼の関係については、古典的ないわゆる神話儀礼派(ロバートソン・スミス『セム人の宗教』、ジェームズ・フレーザー『金枝篇』、セオドー・ガスター『テスピス』など)による、すべての神話は儀礼の説明として生まれた、というような説もよく知られている。

 その後の神話研究の深まりは、C・レヴィ=ストロース(『神話論』『生ものと火にかけられたもの』『蜜から灰へ』『テーブルマナーの起源』『裸の人』など)などに代表されるように、神話の多義性(多様性・多面性)が指摘され、複数の立場からの解釈が神話の多様で多面的な側面を浮き彫りにするとされてる。

 神話は時代や地域を超越する普遍的な側面と、そこに規定される特殊な側面とを共に含んでいるのである。

(※注3)現代文明は神話的、非合理的な思考法から脱却すところから、学問研究の諸分野が形成され、近代的文明が形成されていきた。こうした科学技術の発展と文明の進歩は、人間の自然への畏敬の念を奪い、地球環境の汚染と破壊をもたらしている。

 現代人は、今一度、古代の人々が自然と宇宙の間に神秘で偉大な生命力を直感した壮大な想像力を思い起こさなければならないのかもしれない。神話が伝えてくれる古代人の精神(感性)が、一元的文化によって席捲される中、多様な文化の広がりをもたらし、多様性の中の共存の理念を築いてくれるかもしれない。

スサノヲ


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しかし八百万の神々は、神話の時代から今日に至るまで、時代とともに変化しながらも、さまざまな思想や宗教と宗教などと習合しながら、常に日本人の心に生き続けてきた。

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また、日本全国の神社で祀られてる「アマテラス」「スサノヲ」「オオクヌシ」などの神々の物語である「天の岩屋戸開き」「八岐大蛇退治」「稲葉の素兎」などがいきいきと描かれているのだ。

古代の人々が心に描いた世界観である「八百万の神々が今も生きる日の本の国の神々のものがたり」を知ることで、今一度「日本」と「日本人」のことを真剣に考えてみよう。いや、エンターテイメントとしても大変に面白い物語だ。この記念すべき年を機会に、ぜひ読んでみよう。

スサノヲ (スサノオ)



◆成人式、象徴的な死と再生の通過儀式(三)

2012年01月09日

Posted by スサノヲ(スサノオ) at 21:51 Comments( 0 ) 年中行事に見る日本文化考



◆成人式、象徴的な死と再生の通過儀式(三)

◆◇◆神話の中に見る成年式(成人式)、神話的事実の直接体験(1) 

 成年式(puberty rite,puberty ritual)について『文化人類学事典』(弘文館)には、「子供から成人への移行を社会的に認知する儀礼で、通過儀礼の一種。(中略)成年式は、集団の成員権の変更よりも、一人前の大人へと移行するという個人に地位に変更を強調する儀礼であるということになる。(中略)子供としての個人は死に、一人前の大人としての生まれ変わるという、死と再生のモチーフが象徴的に示されることも多い。」と、

 また『日本民俗事典』(大塚民俗学会編・弘文館)には、「通過儀礼のうち、子供の社会から大人のそれへ仲間入りし、社会の公認を得るべき重要な儀礼。(中略)古くは一定の年齢に達した若者に『穴打ち』などの試練を課し、死と再生になぞらえたことも考えられ、成年式における名替えの習俗はこの観念に由来するとみられる」と記されている。

 成年式(成人への通過儀礼)とは、「死と再生」と「試練と困難」ということがキーワードとなる。子供(肉体的に子供から大人へと移行する青春期に)が試練や困難を与えられ一度死に、それを克服することによって(その試練を通過することによって)、大人となる(社会的に認められ大人へと再生する)一連の通過儀礼をいう(「神話的事実の直接体験」「宗教的な畏敬と恐怖体験」という直接的な体験や強烈な体験)。

 こうした成人儀礼の体験は、神話や民話の中にも見ることができる。

 古代の民俗社会(共同体社会、神話的世界観が社会的に共有されている伝承社会)の人々とって、その世界(神話的世界観)というものは、人々の生活と密接に関わりその社会(民俗社会、共同体社会)に多大な影響をもたらしていたのである。神話や伝承の世界は、生活共同体の中で共同認識に基づいて生じたものであり、共同体の信仰がなければ消滅してしまう集団的表象であったのである(古代の人々が何に感応し、何を価値として生きていたかが見える)。

 成年式もその一つがであった。また、神話の中で成年式のモチーフが、最も顕著に表れているのが『古事記』の出雲系神話・「大国主神の受難と根國行き」である。(※注1・2・3)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆
 
(※注1) 神話(神話世界)を架空の想像話(創作話)であり、資料としての価値を低く見る見方もあるが、神話とは果たしてそれだけの存在なのであろうか(神話は客観的諸事実を示す歴史・史実とは異なるので、史料として扱うには慎重な考察が必要であるが)。

 神話は必ずしも架空の想像話(創作話)ではなく、古代の人々の精神生活が残した無形の財産であり、古代の人々の心(心象風景)を通して語り継がれてきた物語で、諸々の心理的事実が脚色されている。そこには民俗社会(民族社会)における宗教・道徳・政治・社会・生活・芸能など、ときには歴史学を超えた人間文化の深層心理が網羅されている(多面的な要素を抱合しています)。神話は、古代の人々の体験した智慧・叡智が凝縮されている集合体なのである(古代の叡智、忘れ去られた智慧)。

(※注2)神話の世界は、アニミズム(精霊崇拝)や普遍的な自然信仰を底流にし、宇宙の成り立ちから歴史上の事実と思われることへの探求、自然の力や人間の死後と再生への探求へと広がりをみせる。

 そのイメージは、経験的、客観的、合理的にみれば意味のない抽象的なもの(非合理的な思考によるもの)に思えるかもしれないが、神話学者のジョゼフ・キャンベルが述べているように、「詩的な、神秘的な、形而上的な」感覚をもってみれば、神話をイメージした古代人の死生観や世界観の精神構造(精神世界、民族の深層意識を語り継いだ物語)が浮かび上がってくる。

(※注3)神話(myth)は特定の社会(民俗社会・共同体社会、神話的世界観が社会的に共有されている伝承社会)において、人々によって真実と受けとめられている話である。神話の中に語られる出来事によって、現実の様々な事柄(事象)の存在の根拠が示され、基礎付けられる。

 多くの社会では、神話は聖性を帯びたものとして、ただの伝説や昔話ではなく特別なものとされる(範疇をなしています)。神話の出来事の起こったときは、単なる過去の一点ではなく、今ある事や物や秩序を基礎付ける「始原」あるいは「原古」の時であり、歴史時間を超えた実在する時間と考えらた。


スサノヲ (スサノオ)