◆成人式、象徴的な死と再生の通過儀式(三)

スサノヲ(スサノオ)

2012年01月09日 21:51




◆成人式、象徴的な死と再生の通過儀式(三)

◆◇◆神話の中に見る成年式(成人式)、神話的事実の直接体験(1) 

 成年式(puberty rite,puberty ritual)について『文化人類学事典』(弘文館)には、「子供から成人への移行を社会的に認知する儀礼で、通過儀礼の一種。(中略)成年式は、集団の成員権の変更よりも、一人前の大人へと移行するという個人に地位に変更を強調する儀礼であるということになる。(中略)子供としての個人は死に、一人前の大人としての生まれ変わるという、死と再生のモチーフが象徴的に示されることも多い。」と、

 また『日本民俗事典』(大塚民俗学会編・弘文館)には、「通過儀礼のうち、子供の社会から大人のそれへ仲間入りし、社会の公認を得るべき重要な儀礼。(中略)古くは一定の年齢に達した若者に『穴打ち』などの試練を課し、死と再生になぞらえたことも考えられ、成年式における名替えの習俗はこの観念に由来するとみられる」と記されている。

 成年式(成人への通過儀礼)とは、「死と再生」と「試練と困難」ということがキーワードとなる。子供(肉体的に子供から大人へと移行する青春期に)が試練や困難を与えられ一度死に、それを克服することによって(その試練を通過することによって)、大人となる(社会的に認められ大人へと再生する)一連の通過儀礼をいう(「神話的事実の直接体験」「宗教的な畏敬と恐怖体験」という直接的な体験や強烈な体験)。

 こうした成人儀礼の体験は、神話や民話の中にも見ることができる。

 古代の民俗社会(共同体社会、神話的世界観が社会的に共有されている伝承社会)の人々とって、その世界(神話的世界観)というものは、人々の生活と密接に関わりその社会(民俗社会、共同体社会)に多大な影響をもたらしていたのである。神話や伝承の世界は、生活共同体の中で共同認識に基づいて生じたものであり、共同体の信仰がなければ消滅してしまう集団的表象であったのである(古代の人々が何に感応し、何を価値として生きていたかが見える)。

 成年式もその一つがであった。また、神話の中で成年式のモチーフが、最も顕著に表れているのが『古事記』の出雲系神話・「大国主神の受難と根國行き」である。(※注1・2・3)

※参考Hints&Notes(注釈)☆彡:*::*~☆~*:.,。・°・:*:★,。・°☆・。・゜★・。・。☆.・:*:★,。・°☆
 
(※注1) 神話(神話世界)を架空の想像話(創作話)であり、資料としての価値を低く見る見方もあるが、神話とは果たしてそれだけの存在なのであろうか(神話は客観的諸事実を示す歴史・史実とは異なるので、史料として扱うには慎重な考察が必要であるが)。

 神話は必ずしも架空の想像話(創作話)ではなく、古代の人々の精神生活が残した無形の財産であり、古代の人々の心(心象風景)を通して語り継がれてきた物語で、諸々の心理的事実が脚色されている。そこには民俗社会(民族社会)における宗教・道徳・政治・社会・生活・芸能など、ときには歴史学を超えた人間文化の深層心理が網羅されている(多面的な要素を抱合しています)。神話は、古代の人々の体験した智慧・叡智が凝縮されている集合体なのである(古代の叡智、忘れ去られた智慧)。

(※注2)神話の世界は、アニミズム(精霊崇拝)や普遍的な自然信仰を底流にし、宇宙の成り立ちから歴史上の事実と思われることへの探求、自然の力や人間の死後と再生への探求へと広がりをみせる。

 そのイメージは、経験的、客観的、合理的にみれば意味のない抽象的なもの(非合理的な思考によるもの)に思えるかもしれないが、神話学者のジョゼフ・キャンベルが述べているように、「詩的な、神秘的な、形而上的な」感覚をもってみれば、神話をイメージした古代人の死生観や世界観の精神構造(精神世界、民族の深層意識を語り継いだ物語)が浮かび上がってくる。

(※注3)神話(myth)は特定の社会(民俗社会・共同体社会、神話的世界観が社会的に共有されている伝承社会)において、人々によって真実と受けとめられている話である。神話の中に語られる出来事によって、現実の様々な事柄(事象)の存在の根拠が示され、基礎付けられる。

 多くの社会では、神話は聖性を帯びたものとして、ただの伝説や昔話ではなく特別なものとされる(範疇をなしています)。神話の出来事の起こったときは、単なる過去の一点ではなく、今ある事や物や秩序を基礎付ける「始原」あるいは「原古」の時であり、歴史時間を超えた実在する時間と考えらた。


スサノヲ (スサノオ)


関連記事